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千葉地方裁判所 平成10年(行ウ)3号 判決

原告兼原告宮家俊治訴訟代理人弁護士

石川知明

原告兼原告石川知明訴訟代理人弁護士

宮家俊治

被告

千葉県知事沼田武

右訴訟代理人弁護士

滝田裕

川戸淳一郎

右指定代理人

金井順

外五名

主文

一  被告が、原告石川知明に対し平成九年一〇月二四日付け、原告宮家俊治に対し同月二七日付けでした公文書部分公開決定処分のうち、非公開とした部分を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

主文同旨

第二  事案の概要

原告らは、千葉県公文書公開条例に基づき、千葉県都市部街路モノレール課(以下「モノレール課」という。)のタクシー等の利用代金の支出に関する公文書の公開を請求したところ、その一部が非公開とされた。本件は、原告らが、これらの決定のうち文書を非公開とする部分の取消しを求めた事実である。なお、立証は、記録中の証拠関係目録記載のとおりであるからこれを引用する。

一  争いのない事実等

1  当事者

原告らは、いずれも千葉県の住民であり、被告は、千葉県公文書公開条例(昭和六三年千葉県条例第三号。以下「条例」という。)の実施機関であり、その職員が職務上作成・収受した文書の公開請求に対する決定をするべき者である。

2  本件公開請求と被告の決定

原告らは、被告に対し、平成九年一〇月一三日、条例五条一項に基づき、平成八年度のモノレール課に係る予算科目「使用料及び賃借料」のうち、タクシー代、ハイヤー代の支出に関する公文書の公開を請求した。

これに対し、被告は、原告石川に対しては平成九年一〇月二四日付けで、原告宮家に対しては同月二七日付けで別紙「平成8年度の借上自動車に係る使用料及び賃借料に関する公文書」四五件(支出負担行為支出伝票並びにこれに対応する請求書及び借上車使用実績簿。以下「本件文書」という。)のうち、別紙「非公開とされた部分」の該当箇所(以下「本件非公開部分」という。)については条例一一条二号及び三号に該当するとの理由で非公開とし、その余は公開とする処分(以下「本件処分」という。)をし、原告らに対し、右日付のころ、公文書部分公開決定通知書(以下「本件通知書」という。)をもって通知した。

3  本件通知書の理由記載

本件通知書には、文書の一部を公開しない理由として、「① 個人に関する情報であって特定個人が識別され、又は識別され得る情報が記録されているため(第2号該当)」、「② 法人に関する情報であって、公開することにより、当該法人の競争上若しくは事業運営上の地位に不利益を与えると認められる情報が記録されているため(第3号該当)との記載がある(以下「本件理由記載」という。)。

なお、文書の非公開事由を定める条例一一条二号本文には、前記本件理由記載①と同趣旨の、同条三号本文には、本件理由記載②と同趣旨の規定がある。

(右事実は、当事者間に争いがない事実、甲一ないし五〇及び弁論の全趣旨によって認める。)

二  争点

本件処分は、条例八条四項の定める理由付記を欠くものか否か。

三  争点に関する当事者の主張

1  原告らの主張

(一) 条例八条四項で要求される理由付記の程度について

一般に、情報公開条例における非公開の理由付記制度の趣旨は、審査機関の判断の慎重と公正妥当を確保する点及び請求者の不服申立ての便宜を図る点にある。したがって、本件で要求される理由付記の程度については、公開請求者において当該条例の非公開事由のどれに該当するのかをその根拠とともに了知し得る程度の記載でなければならないというべきである。条例八条四項に関する「その適用の基礎となった事実関係をふまえて、請求者が具体的に知り得る程度に記載しなければならない」(公文書公開の手引(改訂版)二一頁・乙五)との解釈運用基準(以下「本件手引記載」という。)もこのことを示している。

そして、本件文書の場合、非公開部分及び非公開事由が複数あり、また、なぜその非公開事由に該当するのかが必ずしも明らかではない部分が多数存在する。

したがって、本件において、公開請求者が非公開事由に該当する部分をその根拠とともに了知し得るためには、単に当該非公開部分が非公開事由を定めたどの条項に該当するというだけでは足りず、どの非公開部分がどの非公開事由に該当するのか、また、なぜその条文ないし類型に該当するかも明らかにされていなければならないというべきである。

(二) 条例一一条二号(個人情報)該当箇所の識別について

被告は、本訴において、請求書の代表者名欄の氏名・押印部分のうち、営業所長名義のものについては二号に該当すると主張するが、本件通知書にはそのような記載がされていない。

また、「代表者名」と明記した欄に代表者以外の者の名前が記載されていることを推測し、その部分が二号該当箇所であると認識するのは困難である。

加えて、本件通知書には、四五通の請求書の代表者名の非公開部分のうち、どれが二号により非公開であり、どれが三号により非公開であるのかも記載されていない。

また、具体的に当該情報が記載されている文書及び該当箇所を指摘することで、他の事情と相まって、非公開とした部分の個人情報が推測され、結果的にこれを非公開とした意味がなくなる危険性が生じることを、公開請求者において推認することは困難である。

このような理由付記では、本件非公開部分の非公開原因の適法性を原告らが争うか否かの判断資料を提供し得ないことは明らかであり、本件通知書は、条例の定める理由付記の要件を欠き違法である。

(三) 条例一一条三号(債権者情報)について

条例一一条三号には不利益情報と信用毀損情報とが規定されており、本件通知書にはそのうちの不利益情報に当たることは明記されているものの、なぜ不利益情報に該当するかについては記載されていない。

この点につき、被告は、本訴において、会社名等を明らかにすれば、会社ごとの利用状況が明らかとなって顧客に関する売上情報が公開されてしまうことや、成田方面へ車を走らせたタクシー会社が過激派に襲われる危険性が否定できないこと、口座情報が重要な内部管理情報であって一般県民への公開を予定していないことから、これらの情報の公開がタクシー会社の競争上又は事業運営上の地位に不利益を与えることになることは明らかであると主張する。しかし、本件通知書にこのような記載がないことはもちろん、そもそも会社名等を明らかにすることから被告主張のような事態が生じることを、公開請求者において推測することは困難である。

このような理由付記では、本件非公開部分の非公開原因の適法性を原告らが争うか否かの判断資料を提供し得ないことは明らかであり、本件通知書は、条例の定める理由付記の要件を欠き違法である。

2  被告の主張

(一) 条例八条四項で要求される理由付記の程度について

条例八条四項の理由付記の程度については、非公開とされた文書の種類・性質等と非公開事由を定めた条例の根拠規定とを対比検討することにより、請求者において非公開理由をその根拠とともに知ることができるような場合には、非公開の根拠規定及びその中のどの類型に該当するのかを限定付記することで足りるというべきである。

本件についてこれをみると、本件非公開部分には事業者の住所、会社名、口座情報等あるいは個人情報が記載されていることが一目瞭然であり、また、条例一一条各号は非公開とすることのできる情報をかなり具体的に類型化した形で列挙しており、さらに、以下に述べるように、当該情報が非公開とされる理由についても公開請求者においてこれを充分知り得ることが明らかである。

加えて、千葉県における公文書公開請求件数の多さや一五日以内に公開・非公開の決定を行う必要があること、条例一一条各号では、非公開とできる情報がかなり具体的に類型化された形で列挙されていることも考慮すべきである。

したがって、本件で要求される理由付記の程度については、公開請求された文書が条例一一条のどの号に該当するか及びその中のどの類型に該当するのかを限定付記すれば、非公開理由として充分であるというべきである。本件手引記載も、この文脈において理解すべきものである。

なお、本件非公開部分の大半はいずれも三号に該当するが、請求書のうち、① 住所欄、② 会社名欄、③ 代表者名欄(印影を含む)の一部には営業所長の個人名及びその印影が記載・押印されたものがあり、その部分は二号に該当する。

(二) 条例一一条二号(個人情報)該当箇所の識別について

条例一一条二号は、個人に関する情報であって特定の個人が識別され又は識別され得る情報をすべて非公開とする、いわゆる個人識別型の規定であるから、その情報が個人情報に該当する場合は、なぜ当該情報が二号に該当するのかについての根拠を示す必要はない。

原告らは、本件非公開部分のうちどの部分が二号に該当するのかわからないと主張するが、会社組織の場合、請求書が代表取締役名義ばかりではなく、支店長・営業所長名義で行われることがあることは一般的であり、本件についてもこの推認は充分働き得るのであるから、二号該当箇所が請求書の代表者名欄(印影を含む)であることも明らかであり、非公開とする理由においてこれを特段指摘するまでもない。

なお、本件においては、請求書の代表者名欄すべての記載が営業所長の個人名というわけではないが、個人情報の場合、具体的に当該情報が記載されている文書及び該当箇所を指摘することで、他の事情と相まって、非公開とした部分の個人情報が推測され、結果的にこれを非公開とした意味がなくなる危険性がある。本件でも、どの請求書の代表者名欄に営業所長名が記載されているのかまでをも明らかにしてしまうと、千葉県が利用するタクシー会社が現実には数社に限定されているために、その中で代表取締役名義で請求書を出す会社と営業所長名義で請求書を出す会社の区別が明らかになるおそれがあり、そうすると、会社の規模等から、営業所長名義で請求書を出す会社が限定され推測されてしまうことになる。したがって、本件において、四五通の請求書中、どの請求書の代表者名欄に営業所長名が記載されているのかまでをも明らかにしないことをもって理由付記に違法があるということはできない。

(三) 条例一一条三号(債権者情報)について

条例一一条三号は不利益情報と信用毀損情報を規定しているところ、本件通知書にはそのうち不利益情報に当たることが明記されているから、理由付記の要件に欠けるところはない。

仮に、一般論としては当該情報がなぜ不利益情報に当たるのかについての根拠を示さなければならないとしても、本件の場合、当該情報が不利益情報であることは以下の理由から明らかであるから、これを記載することを要しない。すなわち、タクシー会社名等を明らかにすれば、契約している会社が限定されている実態から、会社ごとの利用状況が明らかとなり、顧客に関する売上情報が公開されてしまい、その結果、これらの情報の公開がタクシー会社の競争上又は事業運営上の地位に不利益を与えることになることは明らかである。また、いわゆる成田空港問題を抱える千葉県においては、タクシー会社名等が明らかにされることで、成田方面へ車を走らせた会社が過激派に襲われて危害を被る危険性が否定できないこともまた明らかである。さらに、口座情報は事業者が事業を営む上で必要とする金銭の出納や資金管理等に関わる重要な内部管理情報であって取引に関係のない一般県民にまで公開することを予定していないことから、これらの情報の公開がタクシー会社の競争上又は事業運営上の地位に不利益を与えることになることも明らかである。

第三  争点に対する判断

一  本件理由記載の程度

前示のとおり、本件理由記載は、「個人に関する情報であって特定個人が識別され、又は識別され得る情報が記録されているため(第2号該当)」と、「法人に関する情報であって、公開することにより、当該法人の競争上若しくは事業運営上の地位に不利益を与えると認められる情報が記録されているため(第3号該当)」というものであって、条例一一条二、三号の文言の一部をほぼ引き写した内容であるから、本件処分の理由は条例の非公開事由の根拠規定の法条を引用しただけに等しい程度のものであるということができる。

二  条例八条四項で要求される理由付記の程度について

公文書の非公開決定通知書に付記すべき理由は、公開請求者にとって、条例所定の非公開事由のどれに該当するのかをその根拠とともに了知し得る程度のものでなければならず、単に非公開の根拠規定を示すような場合は、当該公文書の種類、性質等と相まって公開請求者がそれらを当然知り得るようなときは別として、条例の要求する理由付記としては充分ではないというべきである(最高裁平成四年(行ツ)第四八号同年一二月一〇日第一小法廷判決・裁判集民事一六六号七七三頁参照)。

そこで本件文書の種類、性質等と相まって、本件非公開部分が非公開事由に該当する根拠を公開請求者において当然知り得るような場合に当たるのかについて、以下検討する。

三  条例一一条二号(個人情報)該当箇所の識別について

前記本件理由記載では、本件非公開部分のどの部分が条例一一条二号に該当し、どの部分が同条三号に該当するのかが明確でないことは明らかであり、本件文書の公開された部分(文書の体裁を含む。)と照らし合わせても、それが明確になるとはいえない。この点、被告は、請求書の代表取締役欄には営業所長名が記載されているものが含まれており、これが二号に該当すると主張する。しかし、四五通の請求書のうち、どれがこれに当たるのかが明らかでない以上、充分な理由記載とはいえない(被告は、個人情報の場合、当該情報が記載されている文書及び該当箇所を指摘することで、他の事情と相まって非公開とした部分の個人情報が推測され、結果的にこれを非公開とした意味がなくなる旨主張するが、右主張は到底採用できない。)。

四  条例一一条三号(債権者情報)について

1  被告は、本件非公開部分のうち住所や会社名、相手方コード等、タクシー会社の識別に関する情報が明らかにされれば、会社ごとの利用状況が明らかとなって顧客に関する売上情報が公開されてしまい、これらの情報の公開がタクシー会社に競争上又は事業運営上の不利益を与えることは明らかである旨主張する。しかし、右情報の公開によって直ちにタクシー会社等の競争上又は事業運営上の不利益に結びつくほどの売上情報が知られてしまうというような事態を窺い知るのは容易ではないから、もしそのような理由があれば被告はそのゆえんを明らかにしてこれを通知書に記載すべきであって、このような記載を欠き、非公開事由の根拠法条を引用しただけに等しい本件通知書には、充分な理由記載がないというべきである(なお、被告は、タクシー会社名等が明らかにされることで、成田方面へ車を走らせた場合に過激派に襲われる危険性を主張するが、モノレール課の所轄する業務内容に照らせば、このような危惧を推測することは困難である上、このような事情が公開請求者に明らかであるということもできない以上、右主張は採用できない。)。

2  また、被告は、口座情報が重要な内部管理情報であって一般県民への公開を予定していないことから、これらの情報の公開がタクシー会社の競争上又は事業運営上の地位に不利益を与えることは明らかである旨主張する。しかし、口座情報は、もともと取引等によって外部に知られる可能性があるということは多言を要しないところであって、そのような情報が公開されたとしても、直ちに当該タクシー会社の競争上又は事業運営上の地位に不利益が生じることが明らかであるということはできないから、このような、公開請求者が非公開とされた理由を当然には知り得ないような事由が存することをもって、具体的理由記載は不要ということはできない。

3  なお、被告は、業務多忙であること等についても縷々主張するが、このことが理由記載を簡略化する正当な理由にならないことは明らかである。

五  結語

以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、本件処分は条例の定める理由付記を欠く違法なものであって、本件非公開部分に関する処分は取消しを免れない。よって、原告らの本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・園部秀穗、裁判官・小宮山茂樹、裁判官・吉川昌寛)

別紙平成八年度の借上自動車に係る使用料及び賃借料に関する公文書〈省略〉

別紙非公開とされた部分〈省略〉

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